「敏いとうとハッピー&ブルー」のリーダーとして活躍した敏いとう(としいとう)さん。
ムード歌謡の帝王と呼ばれ、「星降る街角」や「よせばいいのに」などのミリオンセラーを次々と出し活躍しましたよね。
そんな敏いとうさんに妻がいるのか気になりますよね。
そこで今回は、敏いとうさんの妻についてまとめていきたいと思います。
敏いとうの嫁

結論から言いますと、残念ながらお名前などはわからなかったのですが、
敏いとうさんは2022年8月、妻と死別しています。
「妻が息を引き取ったのは今年の8月3日でした。
もともと糖尿病を患っていて、4月に通っていた病院で突然倒れ、心原性脳梗塞と診断された。
脳が内出血を起こしていたため、すぐに手術が必要となり、脳の血管にカテーテルを通す大手術を行いました。
無事に手術は成功したものの、その後に水頭症を併発するなどして入院生活を余儀なくされ……。
快方に向かっていた矢先の8月2日、女房の足が壊死を起こし始めたので、右足切断の手術を行った直後に容体が急変。
翌日に敗血症性ショックで亡くなりました」
引用:デイリー新潮 (2022年11月06日)
敏いとうさんは当時82歳で、奥様はまだ65歳だったそうです。
それはそれは、若くて可愛い最愛の奥様だったようです。
“まさか自分より先に逝く”なんて想像もしてなかったので、病院から容体急変の知らせを受けた時も“まあ、大丈夫だろう”と考えていた。
引用:デイリー新潮 (2022年11月06日)
突然の出来事だったようですね。
まさか自分より17歳も若い奥様を先に亡くすなんて思ってもみなかったと思います。
最愛の奥様に先立たれたあとは、娘さんやヘルパーさんに来てもらいながら一人暮らしをしているようでした。
実は、敏いとうさん3回結婚しているようで、現在の死別された奥様は3人目の妻だそうです。
と、インタビューでおっしゃっています。
敏いとうさん、とてもダンディな方なのでモテモテだったのかもしれないですよね。
敏いとうの嫁は黒滝るり子?
引用:スポニチ
1981年、敏いとうさんの結婚発表の時の写真です。
右の女性が奥様の「黒滝るり子」さんだそうです。
43年前で、敏いとうさんは当時41歳頃のようで、もしこの黒滝るり子さんが死別した3人目の奥様なら17歳差になるので当時24歳頃になりますよね。
見た目的にも、41歳と24歳くらいにみえますよね。
敏いとうさんは当時41歳なので、過去に2度結婚していてもおかしくはない年齢ではありますよね。
引用:日刊スポーツ
お腹に触れているので、もしかするとお腹に赤ちゃんがいての結婚発表だった可能性もありますよね。
お二人の間には娘さんが2人います。
娘さんについてもみていきましょう。
敏いとうの子供
引用:デイリー新潮
敏いとうさんには2人の娘さんがいるそうです。
残念ながらお名前などはわかりませんが、奥様が亡くなった後ひとり暮らしになった敏いとうさんをサポートしていたようです。
敏いとうさんがひとり暮らしだったということは、娘さんたちも結婚して家庭を持っていて別で暮らしていたということが考えられますよね。
お父さんが心配で、毎日の3食のご飯作りなどもヘルパーさんと分担しながら行っていたようです。
大好きなお父さんだったのでしょうね。
というのもあるのかもしれませんよね。
(追記)
お二人の娘さんのうちのお一人は、「伊藤実奈さん(長女)」というお名前のようです。
結婚されていますがお子さんはおらず、東京都内で旦那さんと2人で暮らしているようです。
敏いとうさんが48歳のときに生まれたそうで、現在は35歳だそうです。
敏いとうのプロフィール

- 名前:敏いとう
- 本名:伊藤 敏(いとう さとし)
- 年齢:84歳
- 生年月日:1940年1月3日
- 出身地:熊本県
敏いとうさんは、「敏いとうとハッピー&ブルー」のリーダーとして活躍し、「星降る街角」や「よせばいいのに」など数々のヒット曲を生み出しました。
青山学院大学経済学部在学中にアメリカンフットボール部を設立したり、日本大学農獣医学部獣医学科卒業後には獣医師になったりと、さまざまな経歴を持っています。
1967年にレコードデビューし、2010年には第22回参議院議員通常選挙(落選)に出たりと、さまざまな活躍をされました。
まとめ
今回は、敏いとうさん奥様についてまとめてみました。
とても可愛い奥様で娘さんたちも美人な方でしたね。
ご家族仲もとても良さそうで、良い家族だなあと思いました。
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